大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

大阪地方裁判所 平成7年(ワ)3668号 判決

原告

山本和洋

右訴訟代理人弁護士

斎藤秀樹

被告

新日本証券株式会社

右代表者代表取締役

岩瀨正

被告

井上誠一

右両名訴訟代理人弁護士

宮﨑乾朗

関聖

河野誠司

主文

一  原告の請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第一  請求

被告らは、連帯して、原告に対し、二〇二万三八七五円及びこれに対する平成七年四月二〇日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

第二  事案の概要

一  本件は、被告新日本証券株式会社(以下「被告会社」という。)の証券外務員である被告井上誠一(以下「被告井上」という。)の勧誘により外貨建ワラントを購入した原告が、右勧誘には説明義務違反の違法があり、また右購入後原告に対し情報提供・売却時期の助言を怠り原告からの、売却の指示に応じなかった違法があるとして、被告らに対し、不法行為及び債務不履行に基づき右ワラント購入代金相当額及び弁護士費用の損害賠償を請求した事案である。

二  争いのない事実

1(一)  原告は、昭和二四年生まれの男性であり、大阪府大東市において食肉店を経営している。

(二)  被告会社は、証券取引法に基づく大蔵大臣の免許を得て有価証券の売買等を業として営む証券会社であり、大阪市都島区東野田二丁目二番一〇号に被告会社の京橋支店がある。

(三)  被告井上は、平成二年七月当時、被告会社京橋支店の証券外務員で、平成六年五月一八日まで原告を担当した者である。

2  原告は、昭和六三年三月ころ、京橋支店に口座を開設して証券取引を開始した。被告井上は、平成二年七月二〇日、原告に対し、外貨建ワラントである「西友ワラント94」(以下「本件ワラント」という。)の購入を勧誘し、原告は、同月二五日付けで本件ワラント一〇ワラントを代金一八四万三八七五円で購入し、同年八月六日、右代金を銀行振込の方法で被告会社に支払った。

3  ワラントは、昭和五六年の商法改正によって発行が認められた新株引受権付社債から分離された新株引受権証券をいう。この新株引受権とは、一定の期間(行使期間)内に一定の価格(権利行使価格)を払込むことによって一定数の新株を取得することができる権利であり、右の行使期間が過ぎると引受権は消滅し、ワラントは無価値となる。

4  本件ワラントは、平成六年七月一九日に行使期間が満了し、無価値になった。

三  原告の主張

1  本件の経緯

(一) 被告井上は、平成二年七月ころ、被告会社京橋支店を訪問した原告から、「何かよい銘柄の株はないか。」と質問された際、外貨建ワラントについてその特徴と危険性を原告に何ら説明することなく、単に「上場して一、二週間で一割は取れる。」「場合によっては2.3割取ることも可能。」「名刺代わりにどうか。」とのみ言ってワラント買付の勧誘をし、原告は、何か良い新規発行の転換社債のようなものを特別に勧めてくれたのだと思い、その場でこれを承諾した。

(二) 原告は、本件ワラントを購入後、その売却時期を待ったが、途中、イラクのクウェート侵攻による中東情勢の悪化により株式相場が急落し、被告井上は原告にしばらく様子を見るべきであると助言した。その後しばらくして原告が問い合わせると、同被告は、「あと二、三か月待って欲しい。」と回答した。

(三) 原告が被告井上の言葉に従って、平成三年三月ころ被告会社京橋支店に電話したが、同被告は、「まだ売れない。」と繰り返した。原告が不思議に思って、「どうしたら売れるのか。」と尋ねると、同被告は、「株価が二〇六〇円まで上がれば売れるようになる。」「今、価格が下落しているが、株価が戻れば、元は取れる。」「心配はいらない。」と説明した。

(四) 平成三年四月に入って西友の株価が二〇八〇円まで上昇したので、原告は、ようやく本件ワラントが売却できると考え、被告井上に連絡をしたが、同被告は、「売買がないから売れない。」と言って売買できなかったことを伝えてきた。

(五) その後、平成四年になって、「外国新株引受権証券(外貨建ワラント)取引説明書」が送付された。また、「御預かりワラントのご案内」という書類が送付され、本件ワラントの現在の価値が報告されるようになったが、その時点で本件ワラントはほとんど紙屑のような低い価値しかないことが分かった。

(六) 原告は、その後苦情を申し入れたが、被告会社は、ほかのもので埋め合わせます。」と言って、平成六年春ころ転換社債をいくつか勧誘しただけで、平成六年七月一九日には本件ワラントの行使期間が満了し、本件ワラントは無価値となった。

2  被告らの行為の違法性

(一) ワラント取引は、その商品構造が複雑で、価格変動のリスクが大きく、場合によっては投資額の全部を失うこともあり、また行使期間が過ぎれば無価値となるという性格を持ち、株式投資に比べても極めて危険性が高く、株式などと異なり証券取引所で売買されず、ワラント価格などの公表もごく一部に限られており、証券会社との相対取引となるため自由に売買できないこと等の取引に伴うリスクがあり、これまで一般投資家には周知性がなく、理解の困難な商品であった。

(二) 外貨建ワラント勧誘の違法

本邦企業がユーロ市場で発行した本件ワラントは、ルクセンブルグ証券取引所等海外において上場されていた外国証券であり、わが国で公募によらずに販売された外国市場発行証券であるが、これらは本来一般投資者への販売が禁じられていたものであって、被告会社が原告に本件ワラントを勧誘したこと自体違法である。

すなわち、大蔵省は、昭和四七年五月二二日、「対外証券投資の拡大及びわが国資本市場の国際化のための諸施策について」を発表し、海外市場で新規に発行される証券をわが国で公募によらず販売する場合は、海外の事情に精通している一定の機関投資家が投資の目的をもって購入する場合に限定し、一般投資家への販売を禁じたが、これは日本証券業協会の平成元年六月三〇日付け「外国市場発行証券のわが国市場における募集等の取扱いについて」においても確認されている。実質的にも、本件取引当時、外貨建ワラントは日本の証券取引法における届出が行われていないばかりでなく、その価格形成自体が不透明であり、ワラント原券自体被告会社では保管しておらず、またその翻訳文すら存在せず、一般投資家への配付が予定されていない。しかも一般投資家への周知性がなく、仕組みの難解な商品で価格変動も激しく、一般投資家への販売が禁止されるべき有価証券であった。そこで、日本証券業協会は、「外国証券の取引に関する規則」(公正慣習規則第四号)において、協会員が顧客(機関投資家を除く)との間において行う外国証券の店頭取引は、顧客が希望し、かつ自社がこれに応じ得る場合に限ることとする旨明記し、一般投資家への勧誘を禁止した。原告は、機関投資家でもなく、また自ら積極的に外貨建ワラント取引を希望したものでもなく、本件取引以前に外貨建ワラントの取引に関する知識も経験もなかった。

(三) 適合性の原則違反

証券会社が顧客を勧誘して投資を行わせるに際しては、顧客の属性、資産状態、資金の性格、資産の目的や趣旨、投資経験の有無、内容、投資意向等に照らして最も適合した投資勧誘を行うべきであり、顧客に適合しない換資勧誘はそれ自体が顧客に対する善管注意義務違反となる。

前記のようなワラントの性格からすれば、ワラントは、プロの投資家が自発的に取引を行う場合にのみ適合性を有するものであって、一般投資者には適合しない。また、日本証券業協会の定める「協会員の投資勧誘、顧客管理等に関する規則」(公正慣習規則第九号)は、協会員に対しワラント取引について取引開始基準を定めるべきものとし、被告会社では「預り資産一〇〇〇万円以上」との基準を設けている。

原告は、本件ワラントの勧誘を受けた当時現物株式を中心とした取引を行っていたが、その経験自体乏しく、ワラントについての知識・経験は皆無であった。加えて、原告は、当時十分な資金的余裕はなく、投機性の高い取引の希望はなく、原告の被告会社に対する預り資産も二〇〇万円程度であった。

被告井上の原告に対する本件ワラント取引の勧誘は、原告の投資経験、投資意向、資力・財産状態からみても、また、右の取引開始基準からみても、適合性の原則に反する違法な勧誘である。

(四) 説明義務違反

証券会社が一般投資家に商品内容が複雑で高度の専門性を有する投資商品を勧誘する場合には、信義則上、もしくは売買契約の付随義務として、投資家の投資決定に当たって認識することが不可欠な当該商品の概要及び当該取引に伴う危険性について説明する義務を負う。本件ワラントのような外貨建ワラント取引の勧誘に際しては、証券会社は、ワラント自身の意義、権利行使価格の持つ意味と危険性、権利行使期間の持つ意味と危険性、ワラント取引の流れ、ワラント価格計算についての具体的説明を行った上、勧誘に係る個別銘柄の発行時期及び売出価格、権利行使価格、権利行使期間、実勢株価との関係で当該ワラントの有する価値を説明する義務を負っている。

しかしながら、被告井上は、原告に対し、ワラントの有利性のみを強調する勧誘を行い、その取引の仕組みや危険性及び個別銘柄の権利内容、売出価格を踏まえた投資指標の具体的な説明を怠った違法がある。

(五) 証券取引法違反

(1) 断定的判断の提供、虚偽表示・誤解を生ぜしめるべき行為による勧誘

被告井上の原告に対する本件ワラントの勧誘は、証券取引法(平成二年七月当時施行の法律による。以下における法令の引用も同じ。)五〇条一項一号で禁止された断定的判断の提供に該当する違法な勧誘であるとともに、同項五号、証券会社の健全性の準則等に関する省令一条一号で禁止された虚偽表示もしくは誤解を生ぜしめる行為による違法な勧誘にも該当する。

(2) 取引態様明示義務違反

外貨建ワラント取引は、証券会社が取引の相手方となって取引をする場合、価格設定の恣意性が問題になるから、事前にこれを説明すべき義務があり、加えて外貨建ワラント取引における相対売買の危険性について十分説明すべきであるが、被告井上は右説明を怠った。これは証券取引法四六条に違反する違法な行為である。

(3) 目論見書交付義務違反

被告会社は、原告に本件ワラントを売付けるに際し、目論見書を交付しなかったが、これは証券取引法一五条二項に違反する。原告は、本件ワラントの目論見書を交付されれば、本件ワラントが16.90ポイントで売り出されることを知り、極めて高額な約定価格(24.75ポイント)で本件ワラントを購入することはなかった。

(4) 有価証券届出書発効前の売買

本件ワラントの大蔵大臣に対する有価証券届出は、平成二年七月一八日になされ、また、その訂正届出書が提出されたのは同月二五日であり、同月二六日にその届出の効力が生じた。

しかるに、被告会社は、平成二年七月二六日以前から一般投資家に本件ワラントを売付けていたものであり、原告に対しては、本件ワラントの条件が未確定であるにもかかわらず、また、有価証券届出書の公衆縦覧、投資家に対する目論見書交付がなされない段階の同年七月二〇日に勧誘を行い、同日に本件ワラントを売付けているものであるが、これは証券取引法一五条一項に違反する。

(六) 情報提供義務違反

外貨建ワラント取引は、相対取引で行われるものではあるが、価格変動等のリスクが大きく、必ず期限までに反対売買によって決済しなければならないという点で商品先物取引や信用取引と同じ構造を有しており、また、その価格情報が未公開に近い以上は、証券会社は、顧客にワラントを売却した後もワラント価格の価格情報及び転売時期の選択・適否について助言すべき義務を負うものである。

しかしながら、被告井上は、原告に本件ワラントを勧誘した後、その処分について助言する旨約しながら、原告の問い合わせに対し誤った助言を行い、それ以降も右の情報・助言を適切に行わなかったものであり、情報提供義務違反もしくは善良な管理者としての注意義務違反がある。

また、原告は、平成三年四月ころ、被告井上に本件ワラントの売却を指示したが、同被告は右指示に基づき売却しなかった不履行がある。

3  被告らの責任

被告井上の原告に対する本件ワラント取引の勧誘は違法なものであり、これは被告らの不法行為を構成するとともに、被告会社の売買契約上の付随義務にも違反する債務不履行にも該当するほか、被告会社は被告井上の使用者としても不法行為責任を負う。

4  原告の損害

(一) 売買損

原告は、本件ワラント取引により、本件ワラント購入代金相当額である一八四万三八七五円の損害を被った。

(二) 弁護士費用

原告は、本件訴訟の提起に当たり、原告訴訟代理人を依頼した。これによる弁護士費用一八万円も本件の不法行為または債務不履行と相当因果関係を有する損害である。

5  原告の請求のまとめ

よって、原告は、被告らに対し、主位的に不法行為に基づく損害賠償として、予備的に被告会社に対しては証券売買契約の債務不履行に基づく損害賠償として、連帯して二〇二万三八七五円及びこれに対する不法行為の後で訴状送達の日の翌日である平成七年四月二〇日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める。

四  被告の主張

1  本件の経過について

(一) 原告が平成二年七月二〇日に京橋支店に来店した際、被告井上は原告から「何か儲かる話はないか。」と言われたので、「ワラントをご存じですか。」と尋ねたところ、原告は、「最近人気があるそうだね。」と答えたので、被告井上はワラントの仕組み、リスク等について具体的に説明をし、本件ワラントを紹介したところ、原告が買付けの意思を表示したため、「国内新株引受権証券(国内ワラント)取引記明書・外国新株引受権証券(外貨建ワラント)取引説明書」を交付した。原告は、本件ワラントを一〇ワラント購入する旨述べ、「外国証券取引口座設定約諾書」及び「国内新株引受権証券及び外国新株引受権証券の取引確認書」に署名捺印した。

(二) 被告井上は、本件ワラントの約定日である平成二年七月二五日の翌日ころ、原告に行使価格及び受渡代金額及びその受渡日を通知した。

(三) 原告が本件ワラントを買付けて間もない平成二年八月上旬にイラクのクウェート侵攻があり、株価が急落したので、被告井上は原告に電話連絡し、今後の見通しを話し合った結果、二、三か月様子を見ることになった。

(四) 被告井上は、その後も定期的に本件ワラント価格を原告に報告し、また原告からも売却の相談があったが、それは損が出ないくらいの値段で売りたいというものであったので、同被告は、原告の要請で何回か本件ワラントを指値の売りで出していたが、売買が成立しなかった。

2  違法性について

(一) ワラントは、投資金額が少額で足りるうえ、同額で現物取引をした場合と同等以上の投資効果を上げることも可能である(一般的にワラントの価格は当該ワラント債発行会社の株価の上下に伴って数倍の幅で上下する傾向がある(いわゆるギアリング効果))から、少額の資金をワラントに投資し、その余剰資金を他の金融商品等に振り向けるという効率的な資金運用を図らしめるものであること、株式の信用取引や商品先物取引とは異なり、一般投資者の損失は投資金額に限定されていること等有利性も持ち合わせているハイリスク・ハイリターンの金融商品である。

(二) 外貨建ワラントの勧誘の違法について

大蔵省の昭和四七年五月二二日付け「対外証券投資の拡大及びわが国資本市場の国際化のための諸施策について」は、外国市場で新たに発行される有価証券の第一次取得者を対象とした新規発行証券の勧誘行為に関するもの、すなわち発行市場での募集・売出しに関するルールを定めたものであり、外貨建ワラントの販売については、証券会社は、既に外国の市場(主にユーロ市場)において発行されたものを国内の流通市場での相対取引による購入を勧誘しているものであるから、右の規制の対象外である。

したがって、証券会社およびその使用人がワラントを一般投資家に対して勧誘すること自体が違法であるとはいえない。

(三) 適合性の原則違反について

原告は、精肉店を三店舗経営する卸売業者山本ミートの社長で、大阪食肉協同組合支部長の立場にあり、経済的にも社会的にも確立した地位にあり、本件ワラント取引を開始するまでに株式の信用取引を含む取引を証券会社五社余りと並行して行い、一回の取引額が一〇〇〇万円前後の高額な取引も頻繁に行い、銘柄の選定、売り買いのタイミングは自らの判断で行い、値動きの激しい銘柄を求め、短期売買を繰り返していたもので、ワラント取引についても、自らその投資態度を決定するに十分な知識や経験を有していた。そして、被告会社における原告の保護預かり資産も過去に一五〇〇万円程度あった。よって、原告はワラント取引に適する投資家であることは明らかである。

(四) 説明義務違反について

ワラントの取引において、証券外務員から投資家に対し、商品の内容、性格などにつき説明すべき法的義務が仮にあるとしても、その内容は、個々の投資家の投資経験、知識、判断能力などに応じて異なるものであり、本件において被告井上は、原告に対し、ワラントとは新株を引受けることのできる権利であること、行使期限を過ぎれば無価値になること、一般的にワラントの変動率の方が株価の変動率より激しいこと、外貨建ワラントは為替の変動によって利益が出ることも損が出ることもあること等ワラントの基本的性格及びリスクについて説明した。さらに、被告井上は、原告に対し、「外国新株引受権証券(外貨建ワラント)取引説明書」を交付したうえで、原告から「国内新株引受権証券及び外国新株引受権証券の取引に関する確認書」の差入れを受けている。

原告の豊富な証券投資経験からすれば、被告井上の原告に対する以上のような口頭及び書面による説明により説明義務は尽くしているというべきである。

(五) 証券取引法違反について

(1) 断定的判断の提供、虚偽表示・誤解を生ぜしめるべき行為について

被告井上は、本件ワラントの勧誘の際、原告に対し、その当時の直近のワラントの動きの説明をしたが、断定的な説明はしていないし、何ら虚偽表示ないし誤解を生ぜしめる行為はしていない。

(2) 目論見書交付義務違反及び有価証券届出書発行前の売買について

被告会社は、不特定かつ多数の者に対し均一の条件で本件ワラントの取得ないし買付けの申込みを勧誘したものではないから、証券取引法一五条一項、二項の「募集又は売出しにより取得させ又は売り付ける」場合には該当しない。

(六) 情報提供義務違反について

一般的に証券投資はもともと危険を伴う行為であり、投資家は、自己の判断と責任において投資判断すべきものであるから、保有証券の値動きや売却時期等に関する情報も、投資家が自ら収集調査すべきであって、証券会社が提供すべき法的な義務はない。なお、外貨建ワラントについては、平成二年九月二五日以降その価格等の情報を容易に知ることができたものである。

被告井上は、原告に対し、本件ワラントの価格や株式市況等を含めた情報を提供しており、売却できなかったのは相場の低迷によるものである。

3  過失相殺

原告の証券取引経験、経済・証券知識、投資に対する意向及び原告が本件ワラント取引開始に当たり確認書に署名捺印していること等からすれば、原告には大幅な過失相殺がなされるべきである。

第三  当裁判所の判断

一  前記争いのない事実のほか、甲第一一ないし第一六号証、第一八号証の一、二、乙第一号証、第二号証の一ないし一〇、第三ないし第八号証、第一八号証の一、二、第一九、第二〇号証、第二二号証、第二四、第二五号証、第二六号証の一、二、第二七号証、原告・被告井上各本人尋問の結果並びに日本証券株式会社、内藤証券株式会社、山一證券株式会社に対する各調査嘱託の結果を総合すれば、以下の事実が認められる。

1  原告は、昭和二四年八月九日生まれの男性で、昭和四八年に食肉店の経営を始め、現在「山本ミート」の名称で食肉卸及び食肉販売店(三店舗)を経営し、本件ワラント取引時までに大阪府食肉協同組合支部長を務めたこともあり、当時一億円以上の資産を有していた。

2  原告は、昭和六二年ころ日本電信電話株式会社株式が上場して第一回目の売出しの募集をした際に、大和証券株式会社(京橋支店)を通じて右株式を購入し、その売却により約一四〇万円の利益を得たことから、株取引に興味を持ち、昭和六二年六月まで同社と株式の現物取引を行った。同月からは日本証券株式会社(住道支店)と証券取引を開始し、同社との取引は現在まで続いているほか、昭和六三年三月に被告会社(京橋支店)、同年七月には内藤証券株式会社(寝屋川支店)との取引もそれぞれ開始している(内藤証券株式会社との取引は平成二年一二月まで)。これらの取引は、いわゆる財テクの一環として行っていたものであるところ、その内容は若干の転換社債のほかは株取引で、一回の取引額は数百万円から一〇〇〇万円前後が多く、二〇〇〇万円に達することもあった。

これら証券会社を通じての原告の有価証券への保有額(購入代金)は、証拠上判明しているもので昭和六二年末時点で約二六〇〇万円、昭和六三年末時点で約二〇〇〇万円、平成元年末時点で約五六〇〇万円、本件ワラント購入時の平成二年七月時点で約三三〇〇万円であった。

原告は、昭和六二年一二月からは、株式の現物取引に加えて株式の信用取引も日本証券で開始し、平成二年二月までの間に七回の取引を行い、当初は利益が出た(合計一三六万円)が、中国工業株の取引では約四三八万円の損失を出し、その後行った取引でも全て損失(合計約六三〇万円)を生じた。

3  原告は、右のとおり複数の証券会社と並行して取引を行っていたが、銘柄や売買の時期の選択は、会社四季報や新聞記事等を参考にして自らの相場観に基づき行っており、値動きが激しく短期の値上がりが期待できる銘柄を選択し、大部分は購入後三か月以内に売却し、新たな買付けを行っていた。また、原告は、同業者との会合等でも株取引についての情報を入手していた。

4  原告の被告会社京橋支店との取引は、昭和六三年三月三日に富士通二〇〇〇株を三一三万二九〇〇円で購入したのが最初で、昭和六四年一月五日までに五銘柄の株式を現物取引で購入している(購入金額合計五一〇四万四六〇〇円)が、いずれも購入後一か月ないし二か月程度で売却している(ただし、一部の売却は内藤証券株式会社で行っている。)。右売買によって利益が出たものもあるが、損失の方が多く、昭和六四年一月五日に購入した東京電力二〇〇〇株については二九五万円余の損失を出した。このほか、原告は、被告会社において、昭和六三年一二月二一日には投資信託「システムアセットポートフォリオ88」二〇〇口を二〇〇万円で購入している。

原告が被告会社京橋支店との取引を開始した当時の同支店の担当者は芹沢文雄であったが、平成元年芹沢の転勤により、被告井上が引き継いだ。当時被告会社で保管していた原告の証券は「システムアセットポートフォリオ88」二〇〇口のみであり、その後も本件ワラント取引に至るまで被告会社との新たな取引はなかった。

5  原告は、平成二年七月二〇日、被告会社京橋支店の従業員から注文を受けた中元用のハムの詰合せの集金のために同支店を訪れた際、被告井上と同支店二階の総務室で面会した。原告と同被告との会話の中で、原告が何かよい商品はないかと質問をしたので、同被告はワラントを紹介すると、原告が興味を示したので、被告井上は、ワラントの内容及び基本的特性を説明し、株式会社西友(以下「西友」という。)の発行に係る本件ワラントを勧めた。その際、同被告は原告に西友の株価の状況(西友の株価は平成二年四月に一六五〇円まで下落したが、その後上昇に転じ、同年七月二〇日当時二二五〇円であった。)及び権利行使期間について説明した。これに対して原告から購入したいとの意向が示され、丁度原告が印鑑を持参していたことから、その場で購入手続がとられることとなり、同被告は、原告に対し、「外国証券取引口座設定約諾書」及び「国内新株引受権証券及び外国新株引受権証券の取引に関する確認書」(以下「確認書」という。)を渡して、確認の上署名押印するよう述べるとともに、「外国新株引受権証券(外貨建ワラント)取引説明書」(以下「説明書」という。)を交付した上、本件ワラントの価額を確認するため一旦同支店の三階に上がって行き、その間に原告は右各書面に署名押印した。

6  被告井上は、再び二階に戻ると、原告に対し、本件ワラントは一〇ワラントで約一九〇万円になることを伝え、正確な金額は売出価格が決定する平成二年七月二五日における為替相場により確定することから、後日正確な金額を連絡する旨述べた。

7  被告井上は、平成二年七月二六日ころ、原告に、本件ワラントの代金額が一八四万三八七五円(一ワラント五〇〇〇ドルの24.75ポイント、一ドル一四九円)になることを電話で連絡し、その後、原告は、同年八月六日に右代金を被告会社宛に振込み、被告会社から原告に対しては、「お取引明細書(受渡計算書)」及び「外国証券取引報告書・計算書」が送付された。

8  本件ワラントは、欧州を中心とする海外において募集され、ルクセンブルグ証券取引所に上場される米ドル建分離型新株引受権付社債に係る新株引受権証券で、当初の行使価額は二二四五円(その後平成三年二月二八日増資により二〇四〇円九〇銭となった。)、行使期間は平成二年八月一六日から平成七年七月一九日までの間、野村證券株式会社が売出人となって国内販売され、申込期間は平成二年七月二六日、右の売出価格は一枚につき五〇〇〇米ドルの16.90パーセント(八四五米ドル)とされた。

9  原告が本件ワラントを購入した直後、イラクのクウェート侵攻の影響で株価が急落したため、被告井上は原告に電話をかけて株式市況の報告をし、原告と今後の対応を相談した結果、しばらく様子を見ようということになった。

原告と被告井上はその後も何回か電話で西友の株価や本件ワラントの価格について意見交換した。西友の株価は平成二年中は一二〇〇円から一八〇〇円の間で低迷し、本件ワラントの価額(仲値)も約定日の21.25ポイントから下落して最低で5.5ポイントまで落ち込んだ(平成二年一〇月一日)が、平成三年四月になって二〇〇〇円台に回復し、本件ワラントの価格(仲値)も二〇ポイント台に上昇してきたので、原告は、被告井上に対し、もう少し待って損が出ない程度の価格になったら売却したい旨述べて、時価よりもやや高めの金額での売却を指示したので、被告井上は右依頼に従い同月上旬から中旬にかけて指値で売却の注文を出したが、右指値による売買が成立せず、その後再び株価は低迷し、本件ワラントの価格も平成三年四月時点のそれを上回ることなく、権利行使期間が満了して本件ワラントは無価値となり、原告はその購入代金相当額の損失を被った。

二  右一で認定の事実を前提として、被告らの行為に原告主張の違法性又は債務不履行が認められるか否かを検討する。

1  外貨建ワラントの勧誘自体が違法であるとの主張について

(一) 外貨建ワラントは、一般に株価の影響を受けて値動きをするが、その値動きは株価に比べて大きく、短期間で大きな利益を上げることができる反面、大きな損失を生ずる可能性もある上、株式と異なり権利行使期間が満了すると無価値になる危険性を有し、さらに為替レートの変動も損益に影響するといった特質を有している一方で、株式の現物取引に比べ少額の投資金額で同等の効果を上げることもでき、損失も投資金額に限定されているという有利な側面も有するものである(甲第五、第六号証)。また、外貨建ワラントの取引は証券会社との店頭取引(相対取引)で行われており、ワラントの原券は購入者に交付されない(乙第五号証)が、そのことから直ちに外貨建ワラントの価格形成が恣意的であるとか、一般投資家への販売が予定されていない商品であるということはできない。むしろ、外貨建ワラントは、商法の規定により発行が認められ、一般投資家の取得も予定されているものであって、これを一般的に禁止する法令の規定も存在しない。なお、ワラントの市場価格については、日本証券業協会の理事会決議により、平成元年四月一九日以降、外貨建ワラントの店頭気配値が毎日発表されている(さらに、平成二年九月二五日からは、証券会社と顧客との外貨建ワラントの売買は、日本相互証券株式会社の発表する直近の仲値を基準とした一定の値幅の範囲内の価額で行われることとなった。)(甲第九号証)。

(二) ところで、大蔵省証券局は、昭和四七年五月二二日付けの「対外証券投資の拡大及びわが国資本市場の国際化のための諸施策について」において、外国市場で新規に発行される証券について、わが国市場における公募(不特定多数の投資家を相手とする募集又は売出し)又は公募によらない販売の取扱いを明確にする趣旨で、わが国で公募する場合には、発行者により証券取引法四条に基づく財務内容の開示の必要があること、わが国で公募によらずに販売する場合には、財務内容の開示は必要ないが、わが国で開示を行わないものである以上、販売対象は海外の事情に精通している一定の機関投資家に限られる旨の方針が示され、この方針は平成元年にも再確認されている(甲第四号証)。

本件ワラントの国内販売に係る売出しについては、売出人を野村證券株式会社とする公募形式でなされ、発行者(西友)により証券取引法四条所定の届出が大蔵大臣に対してなされている(甲第一八号証の一、二)ところ、右の大蔵省証券局の方針は、新規に発行される外国証券の募集又は売出しに係るものであって、本件のように外貨建ワラントを二次的に取得した証券会社から相対売買の形で一般投資家に対して行われる販売に適用を予定しているものとは解されない。

また、原告主張の公正慣習規則第四号の定めは、外国証券の国内店頭取引について証券会社に慎重な取扱いを求めた趣旨と解され、外貨建ワラントの一般投資家に対する勧誘を一律に禁止する趣旨とは認められない。

(三) 以上によれば、証券会社が一般投資家に対し外貨建ワラントを勧誘することが一律に許されないと解すべき根拠はない。

2  適合性の原則違反の主張について

原告は、自営業者としてかなりの資産を有しており、本件ワラント購入時における証券取引の経験は三年程度でワラント取引の経験はなかったものの、株式(現物取引及び信用取引)及び転換社債の取引は相当回数に及び、一回当たりの取引金額も多額で、銘柄や売買時期の選択も自らの判断で行い、短期的な値上がりを期待して値動きの激しい銘柄を選択し、比較的短期間に売却していた。

そして、日本証券業協会の策定した「協会員の投資勧誘、顧客管理等に関する規則(公正慣習規則第九号)」第五条では、協会員は、ワラント取引について取引開始基準を定め、当該基準に適合した顧客からワラント取引を受託するものとされ、これを受けて被告会社では外貨建ワラントの取引開始基準を預かり資産一〇〇〇万円以上と定めていた(甲第一号証及び被告井上本人尋問の結果)が、右は日本証券業協会及び被告会社内部における基準にすぎず、これに反する行為が直ちに私法上違法と解されるわけではないし、被告井上は、過去原告が被告会社で一〇〇〇万円単位の株取引を行っていたことや他の証券会社とも取引があることを知っており(被告井上本人尋問の結果)、前記のとおり現に原告は当時約三三〇〇万円の証券投資を行っていたものである。

右の事実に、前記1(一)のような外貨建ワラントの性質及び原告が現実に本件ワラントに投資した金額を考慮すると、前記一で認定したような社会的地位、資力、投資経験・投資知識及び投資指向を有していた原告において外貨建ワラントの取引を行う適格性を有しないものとはいえない。

そうすると、被告井上の原告に対する本件ワラントの勧誘が適合性を欠く違法なものとは認められない。

3  説明義務違反の主張について

(一) 外貨建ワラントは前記1(一)で認定した特質と危険性を有するものであり、かつこれらについて一般的に認識されている状況にはないから、証券会社の従業員が顧客に外貨建ワラントを勧誘してその取引をする際には、右のような外貨建ワラントの特質及び危険性を顧客が的確に理解するに足る程度の説明をなすべき信義則上の義務があり、右の義務を怠った場合その勧誘は私法上違法な行為と評価されるものというべきである。もっとも、いかなる程度の説明をなすべきかは、当該顧客の年齢職業、投資経験・知識等に照らし、具体的状況に即して判断されるべきである。

(二) 被告井上は、その本人尋問(乙第二二号証、第二五号証の各陳述書の記載を含む。)において、原告に本件ワラントを勧誘した際、原告に対し、ワラントの商品特性を具体的に説明し、「外国新株引受権証券(外貨建ワラント)取引説明書」も交付したと供述する。

これに対し、原告は、その本人尋問(甲第一五号証の陳述書の記載を含む。)において、被告井上は、「一・二週間で一割はもうかるのではないか。」などと述べたものの、ワラントの特質及び危険性について原告に一切説明をしなかったし、「外国新株引受権証券(外貨建ワラント)取引説明書」も交付しなかった旨供述している。

しかしながら、原告が供述するような発言が被告井上からあったのであれば、原告は、これまでの投資経験・知識から、ワラントの価格変動が株価に比べて大きいものであることも当然理解したはずである。また、原告が被告井上から、勧誘に係る商品が新発の西友のワラントであること、本件ワラントが外貨建てであって売買の際為替の影響を受けること、本件ワラントの価格については被告井上に問合わせれば知ることができること及び当時の西友の株価の状況についての説明があったことは原告自身本人尋問において認めるところである。そうであるならば、被告井上が右のほか外貨建ワラントの意味やワラントの価額が株価の影響を受けるものであること、権利行使期限の満了により無価値になることなどの外貨建ワラントの基本的な商品特性及び本件ワラントの価格、権利行使期間等の基本的事項について説明したものと考えられる。

さらに、原告が署名押印した確認書には、「私は、貴社から受領した『国内新株引受権証券取引説明書』及び『外国新株引受権証券取引説明書』の内容を確認し、私の判断と責任において下記の取引を行います。」と記載されている(乙第三号証)のであり、右署名押印時には被告井上は本件ワラントの価格の確認のため京橋支店の三階に上がっており、原告が確認書及び説明書の内容を確認することに支障はなかったと考えられることを考えれば、原告は説明書の交付を受け、その内容を確認したものと認めることができる。

そして、説明書には、ワラントが一定期間内に一定の価格で一定数量の新株式を買い取ることができる権利が付与された証券であること、ワラントの売買取引は証券会社と顧客との相対売買で行われること、売買金額の算出方法等についての記載があり、特に、ワラントは期限付きの商品であり、権利行使期間が終了したときに、その価値を失うという性格をもつこと、ワラントの価格は理論上、株価に連動するが、その変動率は株式に比べて大きくなる傾向があること、外貨建ワラントに投資する際は、外国為替の影響を考慮に入れる必要があることが記載された箇所には赤色のアンダーラインが施されていて、ワラントのリスクについて注意を喚起する記述がなされている(乙第五号証)。

そして、被告井上の本件ワラントの勧誘の際、ワラントの有利性に触れる発言はあったことは否定できないにしても、確実に儲かるといった断定的な発言を同被告がしたことまでは認め難く、その他同被告の勧誘が強引・執拗なものであったことをうかがわせる事情も認められない。

(三) 以上によれば、原告の年齢、職業、これまでの投資経験・知識等に照らし、被告井上の本件ワラント勧誘の際の説明は、説明書の記載とも相まって、原告が本件ワラントの基本的性質や危険性を理解するに足る程度のものであったというべきであり、同被告が説明義務を怠った違法は認められない。原告本人尋問の結果(甲第一五号証の陳述書の記載を含む。)中以上の認定に反する部分は採用できない。

4  証券取引法違反の主張について

(一) 断定的判断の提供、虚偽・誤解を生ぜしめるべき行為、取引態様明示義務違反の主張について

被告井上が、原告に本件ワラントを勧誘するに当たり、短期間に高収益が得られるかのような説明をしたとしても、前記3の状況の下において、同被告が断定的判断を提供したり、虚偽表示もしくは誤解を生ぜしめる行為を行ったとは認めるに足りない。また、外貨建ワラントの取引が相対売買であることについても、説明書にも売買取引は証券会社と顧客との相対売買で行われることや売買金額の算出方法等についての記載があることは前記認定のとおりである。そして、相対売買であるから直ちに価格形成が恣意的であるとは認め難く、外貨建ワラントの市場価格が公表されていることからすれば、相対売買の危険性についての説明を欠いたとしてもこれをもって私法上違法とまでは認め難い。

(二) 目論見書交付義務違反及び有価証券届出書発効前の売買の主張について

原告は、平成二年七月二〇日に被告井上から本件ワラントの勧誘を受け同日その購入の意思表示をした(ただし、約定日は同月二五日とされている。)ところ、本件ワラントの売出しについて証券取引法所定の届出の効力が生じたのは同月二六日であり、また、右購入の際原告に目論見書が交付されていない(甲第一一ないし第一三号証、第一八号証の一、二、第二四号証、被告井上本人尋問の結果)。

しかしながら、原告が本件ワラントの基本的な商品特性や危険性を理解した上でこれを購入したものと認められることは前記のとおりであり、目論見書の交付を受けなかったことあるいは有価証券届出書の発効前に売買の勧誘・約定をしたことが原告主張の損害と相当因果関係があることを認めるに足る証拠はない。

そもそも、証券取引法一五条一項及び二項において規制の対象とされる「有価証券の募集及び売出し」は、「不特定且つ多数の者に対し均一の条件で、あらたに発行される有価証券の取得の申込を勧誘すること」(募集)又は「不特定且つ多数の者に対し均一の条件で、既に発行された有価証券の売付の申込又は買付の申込を勧誘すること」(売出し)をいうものである(同法二条三項・四項)ところ、前記のとおり、本件ワラントは野村證券株式会社が国内における売出人となり、一ワラント八四五米ドルで売出されているが、原告は被告会社が取得した本件ワラントを被告会社の店頭における被告会社との相対取引で24.75ポイントすなわち一ワラント1237.5米ドルで購入したものであることは前記のとおりであるところ、本件ワラントの取引は相対売買の形で行われ、価額も日々変動するものであること(甲第九、第一〇号証、乙第二〇号証、第二二号証、被告井上本人尋問の結果)からすると、被告会社の原告に対する本件ワラントの売付けは、右にいう「均一の条件」には該当せず、したがって、「有価証券の募集及び売出し」に該当しないものと認められる。よって、原告の主張は理由がない。

5  情報提供義務違反の主張について

被告井上は、原告の本件ワラント購入後、原告に対し、数回にわたり株式市況や本件ワラントの価格を報告し、本件ワラントの売却時期について原告と意見交換しているものであり、同被告が市況の見通しや本件ワラントの売却時期につきことさら誤った情報の提供や助言を行ったことを認めるに足る証拠もない。

原告は、その本人尋問において、西友の株価が二〇〇〇円台に戻した平成三年四月ころ、「段々自分が言っていた値段に近づいてきたので、もうそんなに損はせずにすむから、もう少し待つように被告井上に何回か電話をし、西友の株価が二〇九〇円位までいったので、これで損せずに売れるということですぐに電話して売却を依頼したら、同被告から市場に売買がないので売れないと言われた」旨供述する。しかし、平成三年四月ころにおける西友の株価は二一〇〇円まで上昇し(四月一七日)、本件ワラントの権利行使価格を上回るに至ったが、当時の本件ワラントの価格(仲値)の最高が22.75ポイントで、これは当時の為替相場を考慮すると一〇ワラントで一五三万円余となり、いまだ購入金額を三〇万円程度下回る状況にあったこと、同年二月時点の本件ワラントの価額は一〇ポイント前後であり、その後約二か月で一〇ポイント以上上昇していること(乙第二〇号証)を考えると、原告においては損をしない価格で売却したいと思っていたのであれば、むしろもう少しの価格の上昇を待って売却を考えるのが当時の状況からすれば合理的と考えられ、前記認定のとおり原告は被告井上に対し時価よりも若干高めの指値で売却を依頼し、同被告は右依頼に従い売却の注文を出したものと推認すべきである。そして、右の時点において本件ワラントは発行時から九か月しか経過しておらず、権利行使期間満了までなお四年以上を残していたものであり、原告が本件ワラントの売却時期を逸したのは主として株式市況の低迷によるものというべきである。そうすると、被告らにおいて、原告主張の債務不履行は認められない。

三  結論

以上によれば、原告主張の違法及び債務不履行はいずれも認められないから、原告の被告らに対する請求はいずれも理由がない。

(裁判官加藤正男)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例